不条理な世の中を生き抜く〜江戸っ子から学ぶ「粋と張り」
日本女性ヘルスケア協会長 鈴木まり
日頃の関心ごとのひとつに、ウクライナ・パレスチナ問題があるのですが、特にパレスチナに関しては毎日の様に幼い子どもたちが犠牲になる姿にこの世の不条理を呪いたくなる思いです。政治的理由をいかにも正統化して、それが人を殺していい理由になるのだろうかと日々怒りを感じます。
私たちの日本でもややきな臭さはありますが、日々に追われ、戦争はどうしても遠い国での出来事と感じてしまいます。
しかし、この様な民主主義に関わる不条理は世界規模で我々ひとりひとりが声をあげていかなければ世の中をボトアップの力で変えることはできませんね。
さて今月は、「不条理さ」についてお話したいと思います。
「仕事中に突然キレられて、ずっと文句言われて、職場にいるのが辛くて大人しくしてます」
「彼の浮気が原因で別れたのに向こうから露骨に無視される」
「相手からのマウントが原因で不仲になったのに、その相手の周りの人間から敵視される」
「勝手な思い込みをされて誹謗中傷される」
私たちの生活は沢山の不条理に溢れています。
多様性と言われる近年なのに、不条理に晒されて苦しい思いをしている人がなくなりません。
私自身起業した当時は年齢も若く、現在の様にコンプライアンスや女性への人権意識も低い時代でしたので、セクハラやパワハラなど随分嫌な思いをしてきました。
そんな中でも、世の中の不条理と争いをせずに戦い抜くために、2つのことを大切にしてきました。
一つは、「柔よく剛を制す」ということ。
どんなに嫌な事を言われて、嫌な態度を取られても、そちら側に沿った反応はせず、「そうですね」と柔らかく返す。または、薄い反応で返す。むしろ優しい態度で接するということでした。
そしてもうひとつは、
今でも大切に芯に置いていることですが、「どんな時でも、毅然とした態度でいる」ということです。
動揺すると精神的に負けたような、または、前に進みにくいような感覚になりますが、どんな時でも、「想定内、こんなこともある、それが人生だ」くらいに毅然としていると、周りからの見られ方も随分変わってきます。
最近では20代の若い世代の方々から、「感情に流されて苦しい」というご相談を頂くことが多いのですが、私は決まって「毅然としていればいい(難しいけれど)」とお返事をします。
そうするとみなさん、ハッとした顔をされます。
相手からの攻撃や反応を回避する一番は、距離をとることですが、自分自身の態度で相手を照らすということも可能なのです。
日本の歴史の中で、最も軽快に不条理の波を乗りこなして来た人物といえば、江戸後期に生きた蔦屋重三郎という人物がいます。
通称蔦重は、吉原で生まれ、両親に捨てられた生い立ちを抱えながらも、世界的浮世絵師の喜多川歌麿や写楽など素晴らしいアーティストを世に輩出した名プロデューサーであり、激動の時代を生き抜いたメディア王です。
蔦重の不条理を乗り越えた、江戸っ子の粋と張りを少しご紹介しましょう。
寛政の改革の最中、蔦重は次から次へと出すアイデア本が大ヒットし、飛ぶ鳥落とす勢いでした。江戸中の人々は、次はまだかと蔦重の元から発刊される本を心待ち状態。
吉原限定の非売品本「一目千本」(華の絵にイメージに合う遊女の名を載せた本が華道を趣味とする婦人にも人気になった)欲しさに、妻に頼まれてわざわざ吉原に来る人も多かった事でしょう。
「メディアの力はすごい!」と、蔦重もその影響力の強さを噛みしめていたに違いありません。
寛政の改革以降、風紀規制や出版物への規制が高まり、蔦重が頭を飛び出せば出すほど、幕府は蔦屋だけを標的にした掟をどんどん制定してゆきます。
女性の裸を描いた絵がダメならば、今度は町で評判の美人の着物姿を描き、彼女たちの名前を入れて売り出しました。 現在のアイドル写真のようなものです。
これがまた大ヒット!モデルとなった町娘たちは「会いに行けるアイドル」状態で、お店に行列ができるほどでした。
すると幕府は次の手に出ます。
「美人画に特定の人物の名前を入れてはいけない」というお触れを発令。
すると今度は、蔦重と相棒絵師の歌麿は、これに「判じ絵」で対抗します。
たとえば、美人画の脇にテキストボックスを書込み、その中に菜が二東と矢、海の風景と田んぼを描くことによって、「ああ、これは菜が二地と矢で”なにわや”、沖に田で"おきた”という茶屋娘だな」と想像できるといったように、謎解き遊びを組み込んだのです。 これがまた江戸っ子の粋な遊び心をくすぐり大バズり!
蔦屋が目立てば目立つほどに目の敵状態の幕府。そして、幕府からの締め付けが厳しくなればなるほど燃えるのが蔦重。もはやトンチ合戦!
「これがダメならじゃぁ次はどうする」と常に頭を捻るのが蔦重なのです。
まるで不条理な条件下でも、ピンチの中から斬新なアイデアをどんどん生み出していったのです。
そして、新しいアイデアが生まれると、あっと驚き大喜びするのが江戸っ子たち。
幕府vs蔦重のトンチ合戦が激戦を繰り返すほどに、
「蔦重は次なにをやってくれるんだ!?」
「蔦重はただじゃ転ばねぇぜ!」
と、江戸っ子たちは次の一手をワクワクと楽しみになり、蔦重応援団が結束していったのです。
生きていく中で、不条理な人、不条理な出来事には必ず遭遇するものです。
ただ何もせずに、他人を羨んだり恨んだりするのでは何の成長にもなりません。
「戦う」というのは、恨みや妬み、言い争いをするということではありません。
自分の知恵を絞って能力で勝負をするということです。
真正面から戦いに挑む蔦重の姿は、江戸っ子の心を揺さぶる最高のエンタメだったことでしょう。
「常にみんなに、面白いものを届けたい」「面白い本を作りたい」「江戸中をあっと驚かせたい」「吉原の活気をとりもどしたい」
その純粋で真っ直ぐな気持ちがあったからこそ、不条理な規制の中においても、その状況すら楽しむかのように、次の一手を捻り出す。
これこそがまさに、「自分の人生を生きるんだ」と腹を括った人間のできる技なのです。
◉【新書発売】2025年NHK大河ドラマ『べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺』(横浜流星さん主演)にかかり、歴史小説家 車浮代さんのご著書『仕事の壁を突破する蔦屋重三郎50のメッセージ』(12/24発売・飛鳥新社)の執筆と編集協力をさせて頂きました。
蔦屋重三郎は、浮世絵師の喜多川歌麿や写楽らを輩出しただけでなく、現代におけるビジネスモデルを開発構築した歴史人です。本書では、蔦屋重三郎がメディア王になるまでの半生を描きながら、寛政の改革以降藩の締め付けやコンフォートゾーンの「壁」をどのように突破していったのかを紹介しております。胸熱自己啓発書です。
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